東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9768号 判決 1971年3月09日
原告 株式会社ルミナン
右訴訟代理人弁護士 加藤了
被告 国
右代表者 法務大臣 小林武治
右指定代理人 検事 高桑昭
同 同 篠原一高
同 法務事務官 貫洞征功
同 同 浦川武敏
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
<全部省略>
理由
一、原告主張のとおり、債権者海保愛次から差押申立がなされ、債権者利根川家具株式会社申請の仮差押決定がなされ、真庭執行官が原告主張の三愛の営業所で本件差押物件に対する仮差押、差押、照査手続をし、田村に本件差押物件の保管を委ね、右利根川家具株式会社と原告がこれに配当要求したこと、昭和四三年二月二三日、両毛富士電販株式会社ほかの債権者らが、本件差押物件を無断搬出した事実は、いずれも当事者間に争いがない。しかし、第三物件に対し同執行官が執行手続をした事実を認めるに足る証拠はない。
二、<証拠>によれば、原告は三愛に対し、昭和四二年一一月三〇日ごろ、七五センチ×七五センチ両面捺染こたつ板など九二〇点を代金合計金一二二万八、〇〇〇円で売り渡し、同年一二月一、二日ころこれらを引き渡したが、三愛からは全く代金支払を受けられなかった事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
三、原告は、本件差押物件および第三物件の時価は金三五〇万円を下らないと主張する。そして<証拠>によれば、本件差押物件の真庭執行官の評価額は合計金一八三万一、〇〇〇円であることが認められる。しかし、他に本件差押物件の時価の証拠資料はないから、本件差押物件の時価は右同額と解されるけれども、右執行官の評価額からその時価が本件差押物件のみで金三五〇万円であると推定することはできない。
四、原告は、真庭執行官が本件差押物件につき差押の公示を明白にしなかった過失があると主張する。そして、同執行官が右公示を三愛の店舗二階事務室の壁に右差押の公示書を貼布してなし、商品である本件差押物件の個々には一切しなかった事実は当事者間に争いがない。
ところで、前記のとおり本件差押物件に対する執行債権額は合計金二四二万四、四二八円(配当要求債権額を除く)であるのに真庭執行官の本件差押物件の評価額は合計金一八三万一、〇〇〇円にすぎず、しかも二回照査手続が行なわれておる事実によれば、同執行官は、少なくとも、公示書記載の商品と同種類のものは、三愛の前記営業所売場内の全てを差押えたものと推認される。<証拠>中、右売場内には差押のない商品があった筈だとの供述部分は正しい推測ではない。
そして、<証拠>によれば、本件不法侵奪をなした者達は、本件公示書を見てしかも田村から差押を受けている事実を告げられながら、その制止にもかかわらず本件差押物件を実力で搬出した事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
以上の事実によれば、本件不法侵奪は、仮に真庭執行官のなした前記差押の表示がなんらかの義務に反するものであっても、そのこととは全く無関係に、もっぱら右不法侵奪者の自由意思によって行なわたものであり、同執行官のなした程度の表示方法が通常不法侵奪を生じるとは言えないから、本件不法侵奪との間には相当因果関係はない。してみると、同執行官の差押の表示方法の違法を原因とする原告の損害賠償請求は理由がない。
五(1) 原告は、真庭執行官が差押開始から競売期日前日までの間に、(イ)田村に常時看守し異常あるときには即時報告すべきことを命じ、(ロ)保管人として責任をとりうる者を選任し、(ハ)警察に監視を求めるなどして、執行終了まで差押物件について継続的に保管者以外の勢力を排除すべき注意義務があると主張する。
(2) しかし、原告主張のように、三愛が取り込み詐欺グループの根城化し社会的信用に乏しく、本件不法侵奪前に本件差押物件が除々に減少し、三愛の債権者間に債権回収確保のため不穏な空気があることを同執行官が知っていたか、或いは知りうべき事情にあったことを認めるに足る証拠はないから、同執行官に原告主張の義務があるとたやすく断定することはできない。
(3) のみならず、仮に同執行官において前記(1)(イ)と(ロ)の行為をなすべき義務があり、同執行官が右義務を果たさなかった事実があるとしても、右義務違反と原告の損害の発生との間には相当因果関係がない。
すなわち、<証拠>によれば、昭和四三年二月二三日午前九時半ころ、両毛富士電販株式会社の渡辺清吉社長が、社員六名と共に小型トラック五台を準備し、三愛の前記営業所に来て、田村や三愛の店員に対し、三愛の社長のその店舗内の商品の搬出を承諾する旨の書面を示し、その引き渡しを要求したこと、そのころ、その場には、ほかに東京浅草方面の皮革商奥原商店や東京入谷方面の大倉商店などの家具問屋などの全部で五、六社十数人が自動車を用意して同様に商品の引き渡しを要求していたこと、そこで、田村は、前記認定のとおり右債権者らに公示書を示し、差押されている事実を告げ搬出しないよう説得する一方、執行官等に事態を連絡するため電話しようとしたところ、債権者らに実力で阻止されたこと、その後両毛富士電販株式会社が田村から差押を受けていない商品に限って般出の承諾を得て、前記営業所店舗の向い側の倉庫(その内部の商品は全く差押を受けていなかった)内の商品の搬出をはじめたことをきっかけとして、他の債権者らが、対抗上、突然、田村や三愛の店員が制止しようとしたのにもかかわらず、右営業所売場内の商品を我れ勝ちに実力で搬出を開始し、両毛富士電販株式会社も右売場内の商品を搬出するに至ったこと、田村は、これを制止し、男一人女二人の三愛の店員を指揮して表のよろい戸を閉めようとしたところ、暴行を受け、結局多勢に無勢で、実力で全部搬出されてしまったことが認められ、右認定に反する<証拠>は<証拠>に比べたやすく信用できず、他に右認定に反する証拠はない。
そして、右認定事実によれば、田村は、少なくとも本件不法侵奪の終了以前は、保存人としての職責を果たさなかったものとは言えないし、また、本件不法侵奪は、真庭執行官が田村に異常あるときは即時報告すべきことを命じ、或いは他の者を保存人に選任したとしても、そのことは全く無関係に、もっぱら前記不法侵奪者らの自由意思によって行なわたものであり、したがって、右の各行為がなされたとしても、通常は本件不法侵奪の発生を防止できず、また、右の各行為の不作為が通常不法侵奪を生じるとは言えないから、両者の間には相当因果関係がないと解すべきである。
もっとも、前記各証拠によれば、田村は、不法侵奪者らの妨害が終了した後においても、すみやかに不法侵奪の事実を通報せず、真庭執行官の問い合せにはじめて報告した事実が認められ、そして、田村がすみやかに右通報をしたときには警察などの捜査が容易であったことは充分推測できる。しかし、<証拠>によれば、本件差押物件中両毛富士電販株式会社の搬出分はすべて同執行官の指示により同会社が現在保管中で紛失していないことが認められる。また、その他の債権者については、奥原商店を除いては田村がその住所氏名等その同人であるかを推定するに足る知識を有していたことを認めるに足る証拠はなく、かつ、その搬出分については、前記のとおり本件差押物件が商品で本件不法侵奪者の多くが商品の卸元であることからすれば、侵奪された商品が警察に押収される前に転売され民法第一九三条第一九四条の適用を見る可能性は充分あると言わねばならない。したがって、例え田村が本件不法侵奪後すみやかに警察に通報したとしても、本件差押物件全部の回収が可能であったとはたやすく断定できず、その他、すみやかな通報があったならば本件差押物件全部の回復が可能となったことと認めるに足る証拠は、本件審理には現われない。
してみれば、真庭執行官が田村に対し不法侵奪以前はもちろんその後においてもすみやかに通報すべきことを指示しなかったとしても、そのことと本件不法侵奪の発生および本件差押物件の回収不能との間に相当因果関係があるとは言えない。
(4) また、真庭執行官が警察に監視を求めたとしても、警察においてこれを実行したであろうことを推認させる証拠もないから、仮に同執行官が警察に監視を求める義務があったとしても、その義務を怠ったことと原告の損害との間には相当因果関係があるとは言えない。
(5) その他、真庭執行官が執行終了まで差押物件について継続的に保管者以外の勢力を排除すべき義務を怠り、或いは田村をして本件差押物件が滅失しない状態で保管させるよう適時適当な方法で監視注意すべき義務を怠ったことを認めるに足る証拠はない。
(6) 以上のとおりであるから、真庭執行官が前記(1)のとおりの義務を怠ったとして損害賠償を請求する原告の主張は、いずれも失当である。
六、原告は、執行官がその監視・注意義務を怠ったことにより差押物件の不法侵奪が生じたときには、侵奪者に対する返還請求、告訴告発等の法的措置によりすみやかにその原状回復を実現せしめる義務があるところ、真庭執行官は右義務に違反したと主張する。
しかし、仮に右の義務があるとしても、<証拠>によれば、真庭執行官が本件不法侵奪の事実を知ったのは昭和四三年二月二九日の競売期日であることが認められ、その直後に告発をしても、既に六日を経過しているから本件差押物件全部の回復が可能であったとはたやすく断定できないことは、前記五(3)に述べたとおりである。その他、右同日以後において同執行官が返還請求その他の法的措置をとることにより本件差押物件全部が回復されたであろうことを認めるに足る証拠はない。
したがって、同執行官が原告主張のとおりの法的措置をとるべき義務を負担するとしても、右義務を怠ったことと本件差押物件の回復ができなかったこととの間に相当因果関係があるとは言うことはできず、よって、同執行官が右義務を怠ったことを理由に損害賠償を求める原告の主張は理由がない。
七、以上のとおりであるから、原告の本訴における真庭執行官の違法行為に因る損害賠償請求の主張はいずれもその理由はなく、よって本訴請求は失当として棄却すべきものである。したがって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 野田殷稔)